
「興味を持ったことには、すぐ挑戦できるんです」と、クライエントの女性が話されました。
「新しいことを始めて、最初は楽しいし、ある程度まではうまくいきます。でも、これからもっと伸びそうだというところになると、なぜかやめてしまいます。そして、また別のことに興味を持って、そっちを始めてしまうんです。それを繰り返していることに気づきました」
ご本人はその理由を、飽きっぽいからとか、根気がないからと思っていました。
でも、私は少し違うように感じたので、「もしかすると、誰かに遠慮していませんか?」と尋ねてみました。すると、しばらく黙ったあと、「……母?」と、涙声で答えられました。
その答えを聞いて、見えてきたことがありました。
この方は、何かを始める力がないわけではありません。興味を持ったことには行動できるし、ある程度までは形にすることもできています。問題は、「できないこと」ではなく、うまくいき始めたところで、自分から止まってしまうことでした。
その理由は一つではないと思います。ただ、なかなか自分では気づきにくい理由の一つに、「母よりも幸せになってはいけない」という無意識の遠慮が隠れていることがあります。
たとえば、小さい頃から母親がいつも疲れていたり、夫婦関係やお金のことで悩んでいたり、自分のやりたいことを我慢して家族のために生きている姿を見ていると、子どもは自然と、「お母さん、大変そうだな」と感じます。
そして、母親のことが大切であればあるほど、「私だけ楽しくていいのかな」「私だけ自由になっていいのかな」「私だけ幸せになったら、申し訳ないかもしれない」と感じることがあります。
これは、頭で考えているというより、もっと感覚に近いものです。母親が「私より幸せになってはいけない」と言ったわけではありません。それでも、子どもの側が母親の姿や家庭の空気を感じ取り、自分の中でそう受け取ってしまうことがあります。そして、その感覚が大人になっても残っていると、何かがうまくいき始めたときに、無意識にブレーキをかけることがあります。
実は、これは女性と母親の関係だけに限りません。男性の場合、父親に遠慮していることもあります。たとえば、「父親の年収を超えてはいけない」という遠慮です。
本人はそんなことを意識していません。むしろ、「もっと収入を増やしたい」「もっと仕事で成功したい」と思っている。それなのに、なぜか一定のところまで行くと仕事が止まったり、チャンスを逃したり、別のことに気持ちが向いたりするのです。そんなとき、その奥に父親への遠慮が隠れていることもあります。
「途中でやめてしまうのは、全部親のせい」という話ではありません。理由は、その人によって違います。
ただ、「なぜか分からないけれど、いつも同じところで止まってしまう」「うまくいきそうになると、自分から離れてしまう」などが繰り返されているなら、「もしかして、母親に遠慮していない?」あるいは、「父親に遠慮していない?」という視点を持ってみるのも一つです。
今まで見えていなかったものが、そこから少し見えてくることがあるかもしれません。