大人になってからでも、愛情不足は満たしていける

「愛情不足」と聞くと、少し大げさに感じる人もいるかもしれません。

「子どもの頃の話でしょう?」「もう大人なんだから、今さら考えても仕方がない」そう思いたくなる気持ちも、よくわかります。でも、カウンセリングでお話を聞いていると、そうやって過去のことを終わらせようとする人ほど、心のどこかに「本当はもっと大切にしてほしかった」「もっとわかってほしかった」という思いが残っていることがあります。

愛情不足には、大きく分けると2つあると思います。

一つは、「欲しかった愛情と違った」ということ。
もう一つは、「愛情の量そのものが足りなかった」ということ。

たとえば、親は毎日お弁当を作ってくれた。でも本当は、「今日、学校どうだった?」ともっと話を聞いてほしかった。
何不自由なく育ててもらった。でも本当は、もっと抱きしめてもらったり、いつも「あなたなら大丈夫」と言ってもらいたかった。

愛情は、与える側と受け取る側で形が違います。
親が愛していたとしても、子どもが欲しかった形と違えば、「足りなかった」と感じることはあるのです。

では、大人になった今、どうしたらいいのでしょうか。私はまず、「欲しいものを少しずつ自分に与える」ことからでいいと思っています。

「今日は甘いものが食べたいな」と思ったら、少し食べる。
「疲れたから昼寝したい」と思ったら、20分でも横になる。
家族の食べたいものばかり作ってきた人なら、たまには自分が食べたいものを夕食に選ぶ。

そんな小さなことでいいと思います。

ある女性は、「一人で喫茶店に行って、誰にも急かされずにコーヒーを飲みたい」と話されました。でも、家族のことが気になって、いつもまっすぐ家に帰っていたそうです。そこで月に一度、一人で好きな喫茶店に寄るようにしたところ、「こんなことで、こんなにホッとするんですね」と笑われました。

また別の方は、ご主人に「少し話を聞いてほしい」と言えず、いつも我慢していました。でも、「今日はアドバイスはいらないから、10分だけ聞いてほしい」と伝えてみるとその通りに話を聞いてくれて、気持ちがすごく違ったそうです。

私たちは長い間、自分の欲を後回しにしていると、「何が欲しいのか」さえわからなくなることがあります。

だから最初は、大きな願いでなくていいのです。眠い、休みたい、これが食べたい、ここに行きたい、話を聞いてほしい。そんな小さな声を拾っていく。

もちろん、子どもの頃に深く傷ついた部分は、小さな楽しみだけですべて消えるわけではありません。心の中に残っている痛みは、少しずつ見つめていくことも必要です。でも、「愛情不足だったから、私はずっと満たされない」と決める必要もありません。

大人になってからでも、自分に必要な愛情を知り、自分に与え直していくことはできます。誰にでも、多かれ少なかれ「本当はこうしてほしかった」があります。その小さな声を無視せず、「私はこれが欲しかったんだな」と気づいてあげること。心を満たすことは、案外そこから始まるのだな、と思います。