「私ばっかり」を手放す、魔法のひと言

 

「私ばっかり、どうしてこんなにがんばっているんだろう」

夕食のあと、ソファでくつろぐ夫を横目に、ひとりで食器を洗う。ようやく座れたと思ったら、明日の家族の予定が気になる。そんな毎日の中で、ふと、この言葉が浮かぶことがあります。家事を全部投げ出したいわけでも、家族を大切にしたくないわけでもない。ただ、「今日はもう休みたい」と、気兼ねなく言えたら。それだけで、ずいぶん気持ちが違うように思います。

心理カウンセラーとして、さまざまな方のお話をうかがっていると、家族の気持ちはよく考えるのに、自分の気持ちとなると「どうしたいのか、わからない」と話される方もいます。

「妻なんだから」「母親なんだから」「娘として、これくらいは」暮らしの中には、そんな言葉がたくさんあります。私自身も、「こうするべき」と考えているときは、自分がどう感じているかを忘れがちになります。そして、自分ががまんしていると、相手にも「それくらい、するべきでしょ」と言いたくなる。夫婦の会話が、いつの間にか「どちらが正しいか」を争うものになってしまうこともあります。

でも、本当に伝えたいのは、「私も疲れている」「少し手伝ってほしい」という気持ちだったりするのです。

そんなとき、私は、こんなひと言がきっかけになるのではないかと思います。「私は、本当はどうしたい?」

たとえば、夕食を作る気力がない日。「ちゃんと作らなきゃ」と思う一方で、「今日はお弁当を買って、ゆっくり食べたい」という気持ちがあるかもしれません。「夕飯くらい、あなたも作ってよ」と言いたくなるところを、「今日はくたびれちゃった。お弁当にしない?」と言えたら、そこから始まる会話も変わりそうです。

成長した子どもに「明日までに、これ洗っておいて」と頼まれた夜も、「母親なんだから」と引き受けたものの、「私だって疲れているのに」と腹が立つ。本音は、「今日はもう休みたい。自分でできることは、自分でやってほしい」だったりします。「今日はもう休むね。洗濯機の使い方がわからなければ教えるよ」そんな返事もあると思います。子どもを大切に思う気持ちと、洗濯を引き受けるかどうかは、別に考えられるのではないでしょうか。

休日、夫に外出へ誘われたときも、「夫婦なら、いっしょに出かけるべき」と思っていると、気が進まなくても断りにくくなります。「今日は家でのんびりしたいな。来週なら、いっしょに行きたい」お互いの気持ちがわかれば、別々に過ごすことも含めて、休日の選び方が増えそうです。

もちろん、気持ちを伝えても、すんなり話がまとまるとは限りません。断ったあとに「悪かったかな」と気になったり、結局引き受けたりする日もあると思います。

それでも、「やるべきだから、やる」しかなかったところに、「私はどうしたいのかな」という問いが加わる。そのこと自体に、意味があるように感じます。

私は、家族を大切にすることと、自分の気持ちを大切にすることは、両立できると思います。「私は、本当はどうしたい?」と自分に聞くことが、役割や義務でいっぱいになった毎日に、少しゆとりを生むのではないかと思います。